●過ぎたるは及ばざるが如し

 こんばんは。経営ドクターの島村信仁です。

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過ぎたるは及ばざるが如し。

孔子が言ったとされる言葉です。

度がすぎることは足りないことと同じくらい良くないという意味です。

先月、福島で一緒に勉強していた住宅関係の仕事に就く知人が北海道に支店長として転勤になりました。

福島県に年末に戻って来たときにお会いしたので、転勤先の支店はどうですか?と聞くとこう話してくれました。

「前任の支店長は部下があげた成績や手柄を全部自分のものにしていたみたいで、支店長は信用できないというような感じでした。私が転勤した時も同じような人なんじゃないか?今度の人はどんな支店長なんだ?とジロジロ見られているような感じです。正直言うと、前任の支店長も良くはないですが、話を聞いてみると部下の社員さんたちも良いわけではないんです。お互いに問題はある。でも、それを支店長じゃなくてあなたが悪いと言ったところで何も変わらない。一緒に泥臭く動いています。そうすると少しづつですが、あ、今度の支店長は違うようだってなってきているみたいです。」

こんな風に話をしてくれました。

お店や会社で、店長や社長に限らず、立場が上の人が一緒に働いている人の手柄を自分のものにしてしまう。

こういう人いますよね。前任の支店長のように。

じゃあ、逆に自分の成績や手柄は全て部下のおかげ。

あの人がしたことだと功績を譲る。

そして、何か部下が不始末をしでかしたら、逆にそれは全て私の責任だと被る。

こういう生き方が出来たらカッコいいでしょうね〜♫

でも、私は無理だなあ(笑)

やっぱり自分のおかげって思ってしまうことも多々あるし、他人の不始末をなんで自分が被んなきゃいけないんだ!って思いますもん(笑)

聖人君子みたいには多くの人間はなれないんですよ。私含めて。

それが本音ですよ。

でもね、これ両方とも度が過ぎているからうまくいかないし、出来ないって私は思うんです。

過ぎたるは及ばざるが如しです。

じゃあ、どうしたらうまく行くのか?

こんな時も中庸で考えるとうまくいってしまうのでは?

全部の手柄を譲ることはできないから一部は譲る。

全部私のせいですと被ることが出来ないから一部は被る。

一部譲って、一部被るとなんだか人間くさいというか人間味を感じませんか?

江戸時代は十両盗むと首が飛ぶと言われていたそうです。死刑ですね。

でも、盗みで死刑になった人はほとんどいなかったそう。

それは、盗まれた側も自分もキツイ辛い立場になったら同じようなことをしてしまうかもしれない。

だから、死刑にならないで済むように九両五分で被害者側が報告したそうです。

全額被害額をそのまま素直に申告したら相手は死刑で死んでしまう。

そうならないように自分たちも一部は被る。その考え方が昔の日本人にはあったんでしょう。

今の自分たちにはなかなか出来ない考え方。

私なら全額被害届出してしまう(笑)

でも、極端に偏らないで真ん中の中庸に行くにはどうしたら良いのか?

常に考える癖をつけていれば仕事や日常生活でも出来て来そうな気がしませんか?

こんな生き方が出来たら、皆が心を平坦に過ごせると思うのです。




1月14日(祝、月)に心学商売繁盛塾で講演を行います。神宮前で伝説のカレー屋さんのカレーも食べられます。予定調和壊して、いらっしゃーい(笑)