●今、ほとんど聞かない言葉、読書三到

おはようございます。経営ドクターの島村信仁です。

最近、全くと言っていいほど聞かなくなった言葉があります。

それは、読書三到という言葉です。

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南宋の朱子が主張した読書の際の三条件です。

【心到】=心を本に集中させる

【眼到】=目を本に集中させる

【口到】=声に出して本を良く読む

江戸時代の寺子屋では、この読書三到が教育の中心だったようです。

貝原益軒の和俗童子訓の中にこのような文章があります。

(ここから)

凡そ書を読むには、 いそがわしく、はやくよむべからず。

詳緩に之を読みて、字々句々、分明なるべし。

一字をも誤るべからず。

必ず心到、眼到、口到るべし。

此三到の中、心到を先とす。

心、此に在らざれば 、見えども見へず、心到らずして、みだりに口に読めども、覚えず。

又、俄かに、しいて暗によみおぼえても、久しきを歴ればわする。

只、心をとめて、多く遍数を誦すれば、自然に覚えて、久しき忘れず。

遍数を計へて熟読するべし。

一書熟して後、又一書読むべし。

(ここまで)

細かい意味はわからなくても、なんとなく言いたいことはわかりますよね(笑)

昔の日本の教育は、奈良時代の頃から江戸時代頃までひたすら本を素読させる教育法だったそう。

自分は生きていないから(笑)こういう言い方にしています 。

読み、書き、計算、聞く力が昔の日本人の庶民の力を作る土台となったような気がしてなりません。

私は幼稚園の頃に寿限無という落語の素読を徹底的にやらされた経験があります。

意味は全くわかりません(笑)

でもね、音で覚えているんですよ。 今のこの大人になっても覚えているんです。

そして、落語を聴きに行くようになって初めて意味がわかったんですよ。寿限無の。

素読って本当に長年経っても忘れないんだなあと実感しています。

もう一つ、アメニモマケズの素読も徹底的にやらされました。

同じく意味は全くわかりません(笑)

でもね、大人になって岩手県に行ったり、宮沢賢治の本を読むようになって、意味が少しづつわかるようになったのです。

心到が3つの中では最も 大事とあります。

もちろんそうなんですが、今の時代に完全に無くなっている読書のあり方が声に出すということだと私は感じます。

自分もそうですが、声に出して本読みます?

人や子供に読み聞かせするとかは別ですよ。

自分が読書する上で声に出して読むってないなあと改めて気付かされました。

最近はフォトリーディングとかいう文字を読むのではなく画像やイメージとして覚えるんでしょうか?

これをマスターして読書する冊数が増えました、とか大量の情報を効率的に処理出来るとか言っている人がいますよね。

でも、どちらが自然なことなのか考えればわかりますよね。

声に出すってちょっとこれからの読書で実践してみようと決めました。

人前の時は小声ですけどね(笑)

ということで、このブログを読んでいる読者のあなた。

早速、このブログを声に出して読んでみましょう(笑) 


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