●  74年前の今日は東京大空襲があった日

こんばんは。経営ドクターの島村信仁です。

74年前の今日、3月10日 は何があった日かご存知でしょうか?

74歳以上の人でないとなかなかわからないかもしれません。

東京大空襲があった日です。

1945年3月10日未明、東京の下町一帯が米軍の空襲を受けて凄まじい火災が起きました。

1942年から1945年まで約130回ほどの空襲を受けていますが、この日が最もひどい被害だったために東京大空襲と呼ばれるようになりました。

自分自身はこの時には生まれていないため、恥ずかしながら東京大空襲があった日とは全く知りませんでした。

でも、この本を読んで今日3月10日が東京大空襲の日と知ったのです。

 おなあちゃん 3月10日を忘れない

本の表紙はこちらになります。

9B61C71C-60A7-49BB-9640-7BDD628997AC

14歳の時、東京大空襲を生き抜いた阿部せつこさんの手記を小説にした本です。

餅菓子屋の娘さんで、せっちゃんと呼ばれていました。

そこではお店の前を時々掃除して、餅菓子の端切れをもらう直吉、通称おなあちゃんがいました。

おなあちゃんは40代半ばの独り身で、女らしい今でいう仕事なしのフリーター。

戦時中のマツコデラックスとでも言えばわかりやすいでしょうか。

東京大空襲から小学校の屋上に逃げてなんとか生き延びたせっちゃんは、おなあちゃん上野のと地下道で過ごすことになりました。

家族はお母さんがひどい火傷のお姉さんを見ていたから、妹のせっちゃんの面倒までは見きれなかったのです。

この、おなあちゃんがすごいのは、せっちゃんの事を守るために、日中地下道を出て、夕方にはどこからか服や食べ物を持って来るのです。

戦時中の大変な時期ですよ。

戦争が終わる1ヶ月前の7月に親戚のおじさんがせっちゃんのことを迎えに来ます。

おなあちゃんのことを話すとみんな大人は嫌うのです。

おなあちゃんに挨拶せぬまま、せっちゃんは地下道を後にします。

親戚のおじさんの家での生活は食べ物もあり、普通の生活をしながら戦争が終わったのです。

しばらくしてから、おじさんの家でお饅頭を作り、上野で売り始めました。

甘いものを欲していたこともあり大好評でよく売れたそうです。

そんなある日、乞食の集団が「金はない。饅頭をくれ」と迫ります。

そして、その集団の中に、死んだ目をしたおなあちゃんがいたのです。

それを見たせっちゃんは。。。

続きは、この本を買って読んでください。

この本を読んだ人の中には、ヒドイ!とか残酷!とか言う人がいますが、私はそうは思いません。

そういうのも含めて人間だと思うから。

聖人君子みたいな人間なんていないと思うから。

こういう本当のことを書き残してくれたことに私は意味があるのではないかと思うのです。

東京大空襲を経験していない私たちが酷いとか残酷とか言えないと思うのです。

その場、その場面に自分がいたら同じように振舞ってしまうかもしれないから。

でも、これが東京大空襲の真実であり、忘れてはいけないことなんだと考えさせられるのです。

是非、おなあちゃん、3月10日を忘れないを読んでみてください。 

明日3月11日(月)は東日本大震災が起きて丸8年経過します。8年です。早いです。

明日の心学商売繁盛塾は東京のニューカヤバで行います。