● 昔の情報は人間の「情」のお陰で伝達出来た

おはようございます。経営ドクターの島村信仁です。

今は情報過多と言われています。

確かにネットや携帯電話が普及する前は、テレビやラジオが 情報源でした。

新聞、雑誌や本も同じように情報源でした。

今の子供達はほとんどテレビ見ないですからね( ̄▽ ̄;)

情報はもっぱら動画のYouTubeです。

そりゃユーチューバーに憧れますわ。

でもね、今は情報は過多だけど、情は過少だと私は感じます。

昔の情報は、過少だった分、情が過多だったらしいです(昔はその時代に生きていないので、 「らしい」という表現をさせてもらいます。

情報過多だと、人の情って薄くなっちゃうんです。

簡単に検索できちゃうし、検索したものが正しいって思っている人がかなり多いのではないでしょうか?

江戸時代は今のように交通網は全く発達していないし、ネットも携帯電話も普通の電話もない。

どのようにして情報を得ていたのでしょうか?

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昔はお伊勢参りのように旅人が情報を伝える貴重な役割を果たしていたようです。

他の地域の情報を知るには自分が動けなければ、他の地域を見て聞いてきた人たちの話を聞く以外に確かに無いと言えそうです。


 旅人を迎える農村の家では、1日でも長く滞在してもらうことで情報を得ようとおもてなしをしていたそうです。

また、旅をしながら道中、無事だという手紙を書いて出しても自分の故郷にちゃんと届いたそう。

 それは、故郷方面の旅人にその手紙は手渡され、また他の旅人に手渡され、きちんと届くようになっていたんだそうです。

「情」がなかったら届かなくないですか?

なんで俺が、知らない奴の手紙を届けなきゃいけないんだ。

中身をちょっと読んじゃえ。

届けるの面倒くさいから、その辺に捨てちゃえ。 

こんな考えがあっても不思議じゃないですよね?

私ならそんな風に考えちゃいます(笑)

昔は情報過少だったからこそ、情過多。

今は情報過多だからこそ、情過少。

今の時代でも「情」を持って日々過ごしていきたいものです。